2015年01月31日

船橋は音楽のまち。

あっという間に一月が終わろうとしております。


12月から1月にかけてリペアで大わらわでございました。


色々と年内のうちに済ませておきたいというのは人の性質なのかと思います。
アメリカではクリスマスの期間だけで年間売り上げの四分の一くらいを売り上げると言いますし、
落語などを聞くところによると昔の日本では大晦日にその年の全ての売り掛けを回収したそうですから大変に忙しかったそうで。


12月の忙しさの余波で1月もリペアラッシュが継続。 

本当にありがたいことです。






さて
2月は船橋で大きなイベントが2つ開催されます!



2月1日は  

”21th BAND STAND FUNABASHI” 社会人ビッグバンドの祭典


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船橋市にある4つの社会人バンド


「シーフレンド楽団」
「ビッグバンド・バグス」
「サウンド・ストリーム・ジャズオーケストラ」
「ザ・サードコースト・ジャズオーケストラ」

と、
実籾にキャンパスのある「日大ブルースウィングJazzオーケストラ」
ゲストにヴァイオリニストの中西俊博さんを迎えての、まさにビッグバンドの祭典!



そして2月8日は


”第22回 音楽のまち・ふなばし 千人の音楽祭”


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こちらは市内の小中学校吹奏楽部、オーケストラ部、と市民合唱団、邦楽、民謡など様々なジャンルが文字通りの出演者千人以上で集まり繰り広げられる音楽祭!




船橋の凄いところは、一つのジャンルだけでなく様々なジャンルが盛んということ。吹奏楽、オーケストラ、ビッグバンド、さらに最近は駅前で活躍するストリートミュージックも盛んになりつつあります。



まず4つ以上のビッグバンドを抱える市というのはちょっと珍しい。

JAZZフェスを行っていたりして音楽をウリにしてまちおこししている地域は全国に散見される様になったと思うけど、大体は外から人を集めてきている。市内だけ企画が組めるという地域はなかなかない。


そして吹奏楽もすごい。

これは船橋市という市が中核市のなかで全国一の人口を誇る事を思えば、全国的にこれだけ盛んになっている吹奏楽部活動で一つや二つの学校が有名になる事は考えられるかもしれない。そういった小中高の部活動が盛んなので、そこでの活動をベースとした市民吹奏楽団も多くある。


さらに他の地域に無い面白い特徴、オーケストラ! 

船橋市にはオーケストラ部を抱える公立小学校が6校。公立中学校が8校もある!
私立のお坊ちゃま、お嬢様校ではなく、公立校でオーケストラ部があるという事が凄い。
そして2年前にはプラハ演奏旅行もおこなった船橋ジュニアオーケストラの存在。



色んなジャンルにレベルが高い。



ここでは楽器屋らしくオケ、ビッグバンド、吹奏楽だけを抽出したけれど、
この他にも手元にある千人の音楽祭プログラムを見てみると、
「第53回郷土民謡民舞青少年みんよう全国大会 中学生の部優勝」の学生によるみんようがあったりと、
自分の知らない音楽の分野でも突出したものがあるというのがわかる。


というわけで、


普段ポルテに来ていただいているお客様も沢山この両イベントに出演します。
船橋で音楽にたずさわる者としてバンドスタンドは観客として、千人はスタッフ側として私も参加いたします。

それぞれ21年目と22年目を迎える両イベント。

市民の手によって作られたイベントがこのように歴史を積み重ねて続くという事は本当に素晴らしい事だと思いますし、価値のある事だと思います。

それぞれ大変な思いをしていらっしゃるのは存じておりますが、、笑
これからもますますこういう音楽活動が盛んになっていけば良いと思うし、そういった方々のためにも私はお仕事頑張らなきゃなと思い、2015年も新たにスタートしたいと思います。
あけましておめでとうございました。笑
posted by PORTE at 16:54| Comment(0) | 船橋

2014年12月17日

ブッシャーのカップとブースター

古いブッシャーが特殊で面白いです。

ブッシャーの”トゥルートーン”1927年頃製のアルトサックスのオーバーホールをしましたが、


その楽器についていたカップとブースターとパッドがこれ


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一般的なサックスのパッドにはブースターがくっついています。
(パッド、ブースターが分からない方は用語集参照♫)

http://musicporte.com/note/glossary/glossary.php


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こんな感じ。


裏は

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このように鋲やネジで止められている。





ところが、この楽器にはカップの真ん中に凸があり、ブースターがパッチン とくっつく方法になっているのです!




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この部分はちょうど子供のジャンパーのボタンように、簡単に着脱可能な凹凸になっていて、パッチンボタン の様な原理で着脱する事ができます。


ですから通常のパッドではなく、ブースターの無い穴の空いたままのパッドを使います。

なんでこんなことをしたのでしょう?


考えられるメリットとしては、

•パッドを簡単に付け替えられる

ことだと思います。



サックスのパッドの接着には通常シェラックと言われる接着剤を使用ます。





熱をかけると溶け、常温で固まる性質を持った素材です。
サックスの他、クラリネットのパッドもこういった接着方法が一般的です。

この方法よりもシェラックを使わずパッチンの方が当然早いですね。
そのかわり精度はあまりよろしくないです、、

このブッシャーが作られたのはおおよそ1927年(ロットから推定)。
当時アメリカでは大変な”サックスブーム”が起きていて、とにかく早く製品にしたいという作り手の思惑があったのではないでしょうか?
(ちなみに1910年代から29年の世界恐慌あたりまでにアメリカでは100万本以上のサックスが作られている。)



ちなみにシェラックを使わない方法としてはカバードキーのフルートが一般的です。
フルートはブースターがカップにネジ式ではめられていて、パッドを入れます。
こちらはネジ式ですので精度が低いという事はありません。



しかしこのシェラックを使わない方法、あまりサックス向きではないと私は思います。


なぜなら、質量の軽いフルートと違い、質量が重く、カップ、バネ共に重く強いサックスはタンポにかかる力も強くなり、パッチンだけでは直ぐにずれてしまいます。


もっとパーツの精度をあげてフルートの様にネジ式のブースターにし、なおかつパッドの台紙の代わりにプラスチック等の固い素材にしてフルートのストロビンガーパッドの様にすればまだ効果はあるかもしれません。が、パッドが固くなりパッドを叩く凄い音がしそうですし、フルートと違いパッド自体が大きいのでその精度をなかなか出せずあまり現実的ではないかもしれません。 



楽器の場合、一件合理的画期的に見える新しい技術でも、その合理的部分が作り手にとってだったり、リペアマンの都合にかかる技術は廃れやすい様に思います。


結局横着しちゃだめで、求めるべきものは”こちら側”の合理性や都合等ではなく、音であり操作性であったり、”奏者”が第一でなければならないという事だと思います。




と、いうことで時代の落とし子であるこのブースター付きカップ。



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基本的にいらないので凸を削って通常のパッドを使える様にしてしまう方法もあるのですが、、

今回はラックとの併用作戦でこの凸を、残したままリペアする事にしました。


何故か?

このブースター、意外と厚い金属で、凸も含めるとかなりの質量なんです。
なんかこれはとってしまうともったいない。。
これだけ重く、そしてカップにつながっているとなると音への影響も少なからずあるはず。



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そして


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こんなちいさいブースターの裏にもパテント番号が書いてある。

一生懸命こんなに小さな文字で!直ぐに廃れるのに!笑

なんか泣けてきた。笑




ということでわざわざ穴の開いたパッドを使います。

場所によってはこの凸の太さが違いますからパッドを加工します。



パッドもさる事ながら100年近く前の楽器ですから色々な所にガタがあります。 菅もベル側に3から5度くらい御辞儀してますし、色々な所が動かない、曲がっている、ちょっと臭い、、、、などなど



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それらを綺麗サッパリ直して完成。


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そしてパッドの開き。
Bis 5.0 F 7.0に設定しました。

現代的なアルトサックスはメーカーによっても基準値が違いますがおおよそBis 6.0 F 8.2〜3 で調整しますが、古いサックスは狭めの方が良い様です。
正直古いサックスの開きの基準値のデーターが不足しており、ほとんどのリペアマンがキータッチや組み上がったときの感覚をたよりに狭めに設定することが多いです。 当時の資料とかをお持ちで基準値についての確信的な情報をお持ちの方はお知らせください。情報買います。(笑)


この楽器を依頼して下さったのはご近所にお住まいであり、様々な方面で大活躍中のサックスプレーヤーである高野猶幸さん


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こういった楽器は特に、オーバーホール完成後も奏者の意見を楽器に反映していく事が大切だと思っています。
少し吹いてみて、現場で吹いてみて初めて気がつく所とかもありますからね。

ということで、ポルテで行ったオーバーホールに関して、どのような場合でもオーバーホール後3ヶ月は調整無料とさせていただいております。 まずはお気軽にご相談くださいませ♫


高野さん貴重な楽器をありがとうございます♫



posted by PORTE at 00:01| Comment(1) | リペア

2014年12月02日

アドルフ•サックスという人。

ひと月前のネタですが、11月6日はアドルフ•サックスさんの200回目の誕生日でしたね。


いわずもがなですが、
アドルフ•サックスさんという人が日本語で”サクソフォン”とか”サックス”とか”サキソフォン”と呼ばれる楽器を作ったわけです。 




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彼がいなければサックスという楽器も生まれず、こうして私が今の仕事に就くことも無かったでしょうから、本当に彼には感謝ですね。






サックスさんがいったいどんな人物だったのかを調べた事があります。



非常に面白い人物です。




サックスさんは簡単に言うと



”天才” で ”ぶっ飛んじゃってる人”



だったようです。






彼の人生はベルギーの田舎町ディナンで始まります。



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[崖の上から見たディナンの町並み] 



彼のお父さんジョセフは当時の統治者オラニエ公ウィレム一世からベルギー随一の楽器職人との評価を得ていた立派な楽器職人で、自分の技術を息子に託したいと考えていたそうです。






ところがこの息子が、父親の工房の火薬を使って爆発させ1週間意識不明になったり、川で溺れて死にかけたり、ミルクと間違えて硫酸亜鉛を飲み込んだり、、階段から落ちて昏睡する、針を飲み込み大騒ぎになる、、、etc



しかもこうした失敗は一度ではなかったそうな。




今で言うと多動児とか注意欠陥のきらいがありますね。
天才に多いタイプの幼少期です。
発明王と言われたエジソンも同じ様な幼少期を過ごしています。



アスペルガー症候群とかADHDとかそういった人物だったのかもしれません。





ともかく無事に育った彼は、父の影響と持ち前の才能を発揮し15の時には既に象牙のフルート2本とクラリネットを1本つくっており、1830年のブリュッセル産業博覧会ではもっとも完成された作品との評価を受けています。

その後ブリュッセルの王立音楽院にてクラリネットとフルートの演奏について学んでいます。





早くから才能を発揮していた彼はその後、華の都パリに移住します。


そして彼の考案した楽器の数々はフランス軍楽隊に採用されたり、当時の作曲家達は彼の考案した楽器を使って作曲したりと、大活躍します。

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[彼の家族と関係の深かった作曲家など]

自分の楽器を世に広める事に成功した彼は1857年からパリコンセルヴァトワールのサクソフォン課の教授も務める事に。


華々しい活躍です。


ちなみにサックスというとサクソフォンが有名ですが、サクソフォンは彼の代表作の一つであり、サックス工房で作られた楽器はsaxhorn(サックスホルン『サクソルン』) saxtuba(サックステューバ)  saxtoromba (サックストロンバ) といった彼のオリジナル楽器に加え、バスクラリネットやコルネット等も作っていました。 


楽器製造のライン化が進んだ現代ではイメージしにくいかもしれませんが、メーカーというより、一つの工房と考えた方が良いかもしれませんね、



こんな楽器や、、


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[キー付きサクソルン]


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[7本ベルのトロンボーン](トロンボーンと書いてありました。) 

とか


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[コントラアルト サクソルン B♭管 6本バルブ]

こんな楽器も作っています。  




笑っちゃいますね。笑




その他、蒸気機関を使ってパイプオルガンのばかでかいヤツを作り、パリ中にその音を響かせようと計画したり、20メートルくらいある楽器を考えて 『サックストネル』(サックスの雷鳴)と名付けたり、、、


考える事のスケールが違う。。。笑




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ちなみにこれはお父さんや弟の作品。  金管が得意だった様です。




そんな成功をおさめていた彼でしたが、



敵も多かった、、、、、。



とういか、敵を作りやすい性格をしていたとでも言うのでしょうか。



彼は生意気で鼻っ柱が強いことで有名だった様です。



彼の口癖は

「人生は征服するか、されるか。勝つか負けるかだ。私は征服する側でいたい」

というものだそうで。



白黒つけなきゃ気が済まない性質だったみたいですね。
でも征服されるほうはたまらないですからね。そんな彼を敵と思う人も相当多かった。





彼の生涯を通じての敵となるのが、


パリの楽器製造業のみなさんです。


パリに元からあった楽器メーかーとしてみれば、自分たちの商慣行を脅かす存在のサックスは鬱陶しい。


さらにサックスもサックスで上手く付き合えばいいのに、正面から対立してしまった。

サックスは自分の作った楽器に似たシステムや楽器を見るや否や即訴訟。


鼻持ちならない新参者に対して団結して対抗すべくパリの楽器製造業者はサックス以外の者を集めて「楽器製造業連合」を結成しサックスと対抗!笑


サックスの楽器は我々の技術のパクリだ!と主張し訴訟。


お互いに一歩も引かず、半沢直樹もびっくりの倍返し10倍返しのを繰り広げた結果、、、




事態はこじれ泥沼化。



そして、

•投資家の新たな資金の投入をためらわせる目的で、株を取得されるや半値で売りさばかれる。
•工場に火をつけられる。
•大切な工具や図面を盗まれる(複数回)
•従業員が買収され重要な工程で手抜きをされる。
•自宅に爆弾を仕掛けられる。(2回)
•敵の敵は味方とばかりにドイツ人の楽器製作者をけしかけられる
•刺されかける(背丈の同じ従業員が勘違いで刺される)
•仕事の時間を奪うため些細な事でも訴訟して裁判沙汰にされる。

など、、




命のやり取りまで飛び出す、仁義なき世界に発展。


サックスはこれにより、52年73年77年と3度破産の憂き目にあっている。
特に1877年の3度目の破産は致命的で、工場を息子達に譲り渡す他、珍しい楽器や自分で工夫した道具類も売り払う事になったそうな。

この頃には特許の独占権も切れ他のメーかーもサクソフォンの製造にはいっている。


相次ぐ訴訟と放火、爆発、暗殺未遂、、、、
ストレスのせいか、大きな病気にも2回かかっています。


疲れた彼は、晩年の雑誌のインタビューの中で自分の過去にも触れ、


「うちつづく禍いで疲れた私の人生にしばし平穏のときを与えてもらいたい、、。」


と残し、1894年にひっそりと世を去ります。



波瀾万丈な人生。




彼の性格がもう少し違えば、もう少し違った人生になったのかなと思いますが、サクソフォンという楽器も生まれていなかったのでしょうね。


まあ自分の作った楽器には片っ端から自分の名前を入れなければ気の済まない人ですからね、



クセのある人物だったのでしょうねえ、、



個人的には大好きですよこういう人。笑




圧倒的に素晴らしい何かを持ちつつも、何かが決定的に不完全という人物。




みなさんのまわりにもいませんか?そういう人。笑

posted by PORTE at 22:30| Comment(0) | 日記